東京高等裁判所 平成7年(行ケ)56号 判決 1996年10月15日
京都市中京区西ノ京桑原町1番地
原告
株式会社 島津製作所
同代表者代表取締役
藤原菊男
同訴訟代理人弁理士
永井冬紀
同
西岡義明
同
喜多俊文
同
江口裕之
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
乾雅浩
同
手島直彦
同
花岡明子
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成6年審判第5846号事件について平成6年12月5日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和62年11月27日、名称を「超音波診断装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(昭和62年実用新案登録願第181252号)したが、平成6年3月8日拒絶査定を受けたので、同年5月11日審判を請求し、平成6年審判第5846号事件として審理された結果、同年12月5日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成7年2月6日原告に送達された。
2 本願考案の要旨
周波数や口径等の異なる複数種類の超音波探触子を備えるとともに、これらの超音波探触子の内から一つの超音波探触子を選択する選択手段と、前記超音波探触子により送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器とを有する超音波診断装置において、
前記各超音波探触子に、その種類に応じた個別の色彩を付する一方、
前記選択手段で選択された超音波探触子に付された色彩と同一色を前記表示器の画面上に表示する色表示手段を備えることを特徴とする超音波診断装置。
3 審決の理由の要点
(1) 本願考案の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 実願昭60-142992号(実開昭62-50606号)の願書に最初に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和62年3月28日特許庁発行、以下「第1引用例」という。)には、周波数の異なる複数個の超音波探触子を装着し、その中の一つを選択して動作させるように構成した超音波診断装置に関して記載されており、その従来の技術の説明として、
「第5図は従来例の構成図であり、
1は超音波探触子(aおよびbのサフィックスは周波数の相違による種別を示す)、
2は超音波探触子1を装着する2組のマルチコネクタ(MC)、
3は2組のマルチコネクタ2の何れかを手操作によって選択する選択スイッチ、
4は、超音波探触子1の駆動と制御、反射波の受信、および送受信した超音波の処理等を行う送受信部、
5は、選択スイッチ3の選択信号に従って、送受信部4と2組のマルチコネクタ2との接続を切り換える切換え回路(MPX)、
6は表示部、
7は、各マルチコネクタ2に装着されている超音波探触子1の種別(周波数)を検知するとともに、選択スイッチ3によって選択された方の超音波探触子1の種別を送受信部4に知らせたり表示部6に表示する等の制御を行う制御部である。
・・・(中略)・・・
すなわち、オペレータが選択スイッチ3によって何れかのマルチコネクタ2を選択すると、これに装着されている超音波探触子1が動作し、その種別(周波数)が表示部6に表示される。
一方、超音波探触子1には、それぞれの種別が周波数(2.5MHz・3.5MHz・5.0MHz等)の刻印あるいは赤・橙・緑の色コードによって示されている。」(3頁14行~5頁11行、第5図参照)と記載されている。
また、第1引用例には、動作中の超音波探触子を、容易に識別して、取り違えることなく迅速に手に取れる様にすることが重要であること、動作中の超音波探触子の識別の容易化を目的とした従来の技術においても、オペレータは表示部の表示と各超音波探触子に付されている刻印または色コードを見て、それらの種別が一致しているかを確認する作業が必要である旨のことが記載されている。
(3) 本願考案と第1引用例記載の考案(以下「引用考案」という。)とを対比すると、引用考案の「選択スイッチ」は、本願考案の「選択手段」に相当し、引用考案の「赤・橙・緑等の色コード」は、超音波探触子に設けられた超音波探触子の種別を示すものであるから、本願考案の「超音波探触子に付された、その種類に応じた個別の色彩」に相当し、また、本願考案の「表示器の画面上に表示する色」は、「超音波探触子に付された、その種類に応じた個別の色彩」と同一であって、超音波探触子の種別を意味する種別情報であることは明らかであるので、結局、両者は、
「周波数の異なる複数種類の超音波探触子を備えるとともに、これらの超音波探触子の内から一つの超音波探触子を選択する選択手段と、表示器とを有する超音波診断装置において、
前記各超音波探触子に、その種類に応じた個別の色彩を付する一方、
前記選択手段で選択された超音波探触子の種別情報を前記表示器に表示する手段を備えた超音波診断装置。」である点で一致し、次の<1>及び<2>の点で相違するものと認められる。
相違点<1>
本願考案では、表示器が、選択された超音波探触子により送受波される超音波に基づく診断画像を表示するものであり、かつ、超音波探触子の種別情報の表示も、この診断画像を表示する表示器の画面上におこなうものであるのに対して、引用考案においては、それらのことについて触れていない点。
相違点<2>
本願考案では、表示器に表示する超音波探触子の種別情報の表示形態を、選択された超音波探触子に付された色彩と同一色としているのに対して、引用考案では、このような特定がない点。
(4) そこで、上記相違点について検討する。
<1> 相違点<1>について
一般に、超音波診断装置では、送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器は必須の構成であり、当然、引用考案も、送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器を有しているものと認められる。また、そのような超音波診断画像を表示する表示器の画面上に、超音波探触子(以下、単に「探触子」ともいう。)に関する情報等も表示して、診断や操作上の便宜を図ることは、超音波診断装置の分野において、良く知られたごく普通のことにすぎない。{この点について、必要ならば、例えば、実願昭56-123833号(実開昭58-30410号)の願書に最初に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和58年2月28日特許庁発行)や、特開昭62-139640号公報(昭和62年6月23日発行)を参照のこと}。してみれば、引用考案における探触子の種別情報の表示を、引用考案も当然備えていると認められる、選択された探触子により送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器の画面上におこなうことは、当業者がきわめて容易に想到するものと認められる。
<2> 相違点<2>について
表示器における探触子の種別表示の主眼とするところは、第1引用例に記載されているように、オペレータが、動作中の探触子であることを示す表示部の種別表示と、探触子に付されている種別表示を見て、それらの種別が一致する探触子を手に取るための、目視による種別の一致確認にあるのであるから、そのための望ましい表示形態として、統一した表示形態、すなわち、表示器における探触子の種別表示形態と、探触子に付された種別表示形態とを統一し同一の形態とする発想は、最も自然で、ごく普通の発想にすぎないものと認められる。そこで、探触子に付された種別表示形態についてみるに、探触子に付された種別表示形態としての色彩は、視認識別性の高い表示形態であることは明らかである。そうしてみると、動作中の探触子を、迅速かつ誤りなく手に取れる様にしようと思えば(このようにすることが重要であることは、前述したように、第1引用例に記載されているところである。)、このような、探触子に付された、視認性の高い色彩による種別表示形態を、探触子種別の統一的表示形態として採用し、そのまま、表示器における探触子の種別表示形態としても使用することに、格別の創意工夫を要したとは認められない。そして、このようにすれば、表示器における探触子の表示形態は、必然的に、選択された探触子と同一色となるのであるから、この相違点<2>の点も、当業者がきわめて容易になし得たことと認められる。
<3> 本願考案の効果も、引用考案及び前記周知の技術事項から予測し得る範囲のものであって、格別なものではない。
(5) 以上のとおりであるから、本願考案は、本願出願日前日本国内において頒布されたことが明らかな第1引用例に記載された考案及び本出願前当業界において周知の技術事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)<1>のうち、「一般に、超音波診断装置では、送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器は必須の構成であり、当然、引用考案も、送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器を有しているものと認められる。」との部分は認めるが、その余は争う。同(4)<2>のうち、「表示器における探触子の種別表示の主眼とするところは、第1引用例に記載されているように、オペレータが、動作中の探触子であることを示す表示部の種別表示と、探触子に付されている種別表示を見て、それらの種別が一致する探触子を手に取るための、目視による種別の一致確認にある」との点は認めるが、その余は争う。同(4)<3>、同(5)は争う。
審決は、相違点<1>及び<2>についての判断を誤って、本願考案の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 相違点<1>の判断の誤り(取消事由1)
<1> 審決は、相違点<1>を判断する当たって、〔超音波診断画像を表示する表示器の画面上に、探触子に関する情報等も表示して、診断や操作上の便宜を図ることは、超音波診断装置の分野において、良く知られたごく普通のことにすぎない。」と認定している。
審決に周知例として引用されている実願昭56-123833号(実開昭58-30410号)の願書に最初に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第5号証。以下「第2引用例」という。)には、「最近のこの種の超音波診断装置は、診断用CRT上に、被検体の断層像表示及びその周辺に年月日、氏名、年令、性別、使用探触子形名、周波数、その他当該断層像に関連する各種の必要事項を表示する」(2頁1行ないし5行)と記載され、また、特開昭62-139640号公報(甲第6号証。以下「第3引用例」という。)には、「従来の超音波断層装置は、ボディマーク、プローブマーク、キャリパーマーク等の各種のマークやキャラクタ等についてはメーカーが予め用意した幾種類かのものしか持っていなかった。そして、上記限られたマーク等(例えば6~8種類)の中から被検体の診断部位や探触子の種類に該当するもの又は近似するものをスイッチで切り換えて、ディスプレイの画面に表示していた。」(1頁右下欄7行ないし14行)と記載されている。
しかし、第2引用例及び第3引用例には、探触子に関する情報と診断画像とを共に同一画面上に表示するための目的は一切記載されていない。診断画像と共に、年月日、氏名、年令、性別、使用探触子形名、周波数等やボディマーク、探触子の種類等を表示するのは、診断画像と共にこれらの情報が表示されたレイアウトでその表示状態のまま記憶し、あるいは印刷することによって、後日、診断画像を観察する場合に、これらの情報をも同時に認識できるようにするためであると思料する。このことは、第2引用例に「撮影時には断層像とそれに関連する必要な情報表示以外は一時的に消去するように構成しているため、カメラのフィルム面に断層像及び必要な情報を最優先で大きく撮影でき、」(甲第5号証6頁5行ないし8行)と記載されているように、断層像をできるだけ大きく撮影したいにもかかわらず断層像に関連する必要な宿報である、年月日、氏名、年令、性別、使用探触子形名、周波数等を合わせてフィルム面に撮影していることを示す記載からも明らかである。
そして、画面上に表示した探触子種別、周波数などの表示形態と、探触子に付した種別や周波数等の表示形態との関係について、第2引用例及び第3引用例が何も言及していない事実に鑑みれば、第2引用例及び第3引用例は、探触子種別、周波数等を診断の利便に供するために診断画像の表示画面上に表示することを開示するにとどまり、探触子選択の際の操作性の利便に供する目的をもって探触子情報を診断画面上に表示することを何ら開示するものでないことは明らかである。
すなわち、第2引用例及び第3引用例において、超音波診断画像を表示する表示器の画面上に探触子に関する情報等を表示するのは専ら診断の利便を図るためであり、操作上の便宜を図るためではないのである。
したがって、審決の上記認定のうち、「操作上の便宜を図ることは、超音波診断装置の分野において、良く知られたごく普通のことにすぎない。」とした部分は誤りである。
<2> 審決は、「引用考案における探触子の種別情報の表示を、引用考案も当然備えていると認められる、選択された探触子により送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器の画面上におこなうことは、当業者がきわめて容易に想到するものと認められる。」と判断している。
確かに、専ら診断の利便に供するためにのみ探触子の種別情報の表示を診断画像上に行うことは第2引用例及び第3引用例に開示されているが、本願考案が、画面上の探触子情報の表示形態である色彩と探触子それ自体に付した探触子情報の表示形態である色彩とを直接目視比較して直観的に探触子を選択できるようにし、もって選択操作性の利便を図ることを目的とする以上、その点を全く考慮せずになされた上記判断は誤りである。
(2) 相違点<2>の判断の誤り(取消事由2)
<1> 審決は、「望ましい表示形態として、統一した表示形態、すなわち、表示器における探触子の種別表示形態と、探触子に付された種別表示形態とを統一し同一の形態とする発想は、最も自然で、ごく普通の発想にすぎないものと認められる。」としているが、誤りである。
本願考案は、それ自体では種別内容の意味が不明な色彩で表示を統一し、色彩の比較から動作中の探触子を選択することによって選択の際の利便を向上するものであり、この意味では、審決がいうように、ある意図をもって種別表示形態を統一するために画面上での種別情報表示と探触子上での種別情報表示とを同一形態とするものである。しかしながら、第1引用例には、表示部に超音波探触子の種別を直接示す周波数を表示し、超音波探触子に赤、橙、緑等の色コードを付することが記載されており(5頁4行ないし11行)、これは、目視による種別の一致確認のために、表示器における探触子の種別表示形態と、探触子に付された種別表示形態とが異なる例を示すものであることは明らかである。確かに第1引用例には、表示部と探触子の双方にその種別に応じた周波数をそれぞれ数字で表示することが示されているが、これは種別表示形態を統一し同一形態とするというよりは、種別表示形態として探触子の種別である周波数を直接示す文字形態を用い、その種別の直接的内容、すなわち、その文字形態が示す周波数の直接的な値を比較することにより、種別の一致確認を行う例を示すものといえる。
このように、目視による探触子の種別の一致確認を行う場合に、その種別である周波数を直接示す文字形態を用いることが、第1引用例の記載から従来最も一般的であったというべきであり、種別表示を統一し同一の形態とする際に、それ自体のみでは種別内容の意味が不明な色彩を採用し、その色彩のみの比較から動作中の探触子を選択することはむしろ新たな発想というべきである。
<2> また審決は、「探触子に付された種別表示形態としての色彩は、視認識別性の高い表示形態であることは明らかである。」と認定した上で、「動作中の探触子を、迅速かつ誤りなく手に取れる様にしようと思えば(略)、このような、探触子に付された、視認性の高い色彩による種別表示形態を、探触子種別の統一的表示形態として採用し、そのまま、表示器における探触子の種別表示形態としても使用することに、格別の創意工夫を要したとは認められない。」と判断している。
しかしながら、探触子に付した色彩は、それのみでは探触子の種別内容、すなわち、その探触子がどの周波数で動作するものかを表し得ず、一旦頭の中でその色彩に対応する周波数を特定するといった変換作業が必要となる。このため、色彩を違えることは、他の探触子と種別が異なることを示すにとどまり、一概に色彩が探触子の種別表示形態として視認識別性が高いものとはいえない。このことは、第1引用例において、種別表示形態として周波数を直接示す文字形態を用いていることからも明らかである。
そして、画面上に探触子の種類を示す周波数を表示し、探触子にその種別固有の色コードを付する引用考案の構成では、選択された探触子を探す場合には、一旦頭の中で画面上に表示された周波数から対応する色コードを特定し、その上でその色コードが付された探触子を選択するといった煩雑な手順(2動作)が必要となるのに対して、本願考案は、動作中の超音波探触子に付された色彩と同一色を表示部に表示するという構成を採用するが故に、表示部に表示された色彩と一致する色彩が付された探触子を選択して手に取るだけでよく、複数個の探触子の中から型名や番号等の判別を行うことなく直観的に一つの探触子を識別できるというきわめて簡単な手順(1動作)で動作中の探触子を選択することができ、その際に画像信号にノイズが重畳しないという、引用考案にはない特有の作用効果を奏することは明らかであり、第1引用例に開示も示唆もない、色彩で表示形態を統一する点に創意工夫を要しないものではない。審決決は、動作中の探触子に付された色彩と同一色を表示部に表示するという本願考案と引用考案との構成上の相違から生じる、本願考案特有の上記作用効果を看過したものである。
したがって、上記認定、判断は誤りである。
<3> さらに審決は、「表示器における探触子の表示形態は、必然的に、選択された探触子と同一色となるのであるから、この相違点<2>の点も、当業者がきわめて容易になし得ることと認められる。」と判断している。
しかし、このような判断は、(a)探触子に付す種別情報と表示器に表示する種別情報との間に統一を図ることがごく普通の発想であり、(b)色彩が視認識別性の高い表示形態であり、(c)色彩を統一的表示形態として採用することにも格段の創意工夫を要しない、といった誤った認定、判断に基づくものであるから、誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
第2引用例及び第3引用例には、「操作上」の利便について開示されている。例えば、第2引用例の「診断用CRT上に、被検体の断層像表示及びその周辺に年月日、氏名、年令、性別、使用探触子形名、周波数、その他当該断層像に関連する各種の必要事項を表示する」(2頁1行ないし5行)との記載をみると、「使用探触子形名、周波数」は、現在装置に設定されている動作中の探触子の種別情報を意味するものである。したがって、上記記載は、現在装置に設定されている動作中の探触子の種別情報が、診断画像と同一画面上に表示されるようになっていることを意味するものであるが、このようになっておれば、後日における記録診断画像を観察診断する者にとって、検査時の使用探触子種別が認知できて便利であることは勿論であるが、一方、現在診断操作中の検査者にとっては、必要な情報である動作中の探触子の種別情報が、診断画像を観察しながら、視線を移さずいつでも容易に目視確認することができることは当然である。そして、さらに他の異なる種類の探触子を選んだとき、その探触子についての情報が直ちに診断画面上に表示されることになり、これにより、現在どの探触子が動作しているのか容易に確認することができることも当然である。確認が容易であることは、観察診断上便利であると同時に、観察診断と操作が同時的・対話的に行われる超音波診断装置においては、とりもなおさず、装置の使い勝手が良く操作性が良いことを意味するのである。そうすると、第2引用例は、探触子に関する情報と診断画像とを同一画面上に表示することにより、診断の便宜を図ることを開示するにとどまるものではなく、操作上の便宜を図ることをも開示するものであるということができ、審決の認定に誤りはない。
そして、探触子に関する情報である探触子種別と診断画像とを共に同一画面上に表示することが周知である以上、操作の利便性が周知であるかないかに関わらず、探触子の種別情報の表示を、診断画像を表示する表示器の画面上に行うことは、当業者がきわめて容易に想到し得ることである。
(2) 取消事由2について
原告の主張は、引用考案の表示部における探触子の種別情報の表示形態が、周波数値を直接示す文字形態であるとの前提に基づく主張であるが、引用考案の表示部における探触子の種別表示形態は、周波数値を直接示す文字形態に限定されるものではなく、他の表示形態であってもかまわないものである。
ところで、一般的に、目視による種別の一致確認のためには、同一の種別のものには、共通の表示形態(例えば、文字・マーク・色彩、それらの組合せ等)を付与すること、すなわち、表示形態を統一する方が望ましいことは経験上明らかであり、また、種別識別のためには、種別表示形態を統一することは種々の分野において多用されているのであるから、ごく普通の発想にすぎない。
そして、この表示形態の統一化が望ましいという事情は、引用考案や本願考案における、探触子種別の目視による一致確認においても特段変わるところはなく、また、この統一化は、動作中の探触子の識別容易化という引用考案の目的にも合致するものである。さらに、引用考案には、一般に、それ自体種別内容の意味不明であり、種別表示形態として統一使用されることが多い色彩を、探触子種別の表示形態として採用することも開示されているのである。
これらのことからすれば、引用考案自体にこの統一化の開示がないとしても、引用考案を知った当業者にとって、表示器における探触子の種別表示形態と、探触子に付された種別表示形態とを統一し、同一の表示形態にしようと発想することは、最も自然で普通であるというべきである。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりである。
なお、理由中に掲記する書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)、及び、審決の理由の要点(2)(第1引用例の記載事項)1同(3)(本願考案と引用考案との一致点・相違点の認定)については、当事者間に争いがない。
2 本願考案の概要
甲第3号証(本願考案の平成5年11月5日付け手続補正書)によれば、本願考案は、「複数種類の超音波探触子の内から現在使用しているものを容易に識別できるようにした超音波診断装置に関する。」(1頁19行ないし2頁1行)ものであり、「一般に、超音波診断装置では、診断部位や診断目的に応じて周波数や口径の異なる超音波探触子が使用される。そのため、各種の超音波探触子を装置本体に共に接続しておいて、装置本体側に設けた選択スイッチ等を切り換えることでそれらの超音波探触子の内から最適のものを選択するようにしている。この場合、各超音波探触子の形状は互いに良く似ているので、一旦、超音波探触子を手から離してしまうと、その内で現在使用中のものがどれなのか区別がつかなくなっしまうことがある。そのため、従来は、超音波探触子に、その種類に応じて型名や番号を付す一方、表示器にもそれに対応した型名や番号を診断画像と重ねて表示し、探触子の種類が識別できるようにしている。しかしながら、一般に、超音波診断装置は薄暗い部屋の中で使用される場合が多いので、超音波探触子を一つずつ手に取ってその型名や番号の文字、数字を読み取るのは難しく、探触子の種類を識別できない等の不便があった。」(2頁3行ないし3頁2行)との知見のもとに、「超音波探触子の種類を文字や数字を判読しなくとも直観的に識別できるようにすることを目的と」(3頁4行ないし6行)して、前示要旨のとおりの構成を採択したものであり、この構成により、「選択手段によって一つの超音波探触子を選択すると、色表示手段によってその選択した超音波探触子の種類に応じた色彩が表示器の画面上に表示され」(4頁2行ないし5行)、「超音波探触子に刻印された型名や番号を判読しなくても色彩の一致度を見分けるだけで直観的に超音波探触子の種類を識別できるようになる。」(7頁19行ないし8頁2行)という作用効果を奏するものであることが認められる。
3 取消事由に対する判断
(1) 取消事由1について
<1> 一般に、超音波診断装置では、送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器は必須の構成であり、当然、引用考案も、送受波される超音波に基づく診断画像を表示する表示器を有しているものと認められることは、当事者間に争いがない。
<2> 第2引用例(甲第5号証)には、「断層像を2個のCRT表示装置に同時に表示し、一方の表示画像を写真撮影できるようにした超吾波診断装置」(1頁17行ないし20行)に関して、「最近のこの種の超音波診断装置は、診断用CRT上に、被検体の断層像表示及びその周辺に年月日、氏名、年令、性別、使用探触子形名、周波数、その他当該診断像に関連する各種の必要事項を表示する他、装置の各種機能をメニュー方式で選択するために用意されたメニューをも併せて表示するようになっている。そして、このような表示をモニターしながら任意に写真撮影することができるように撮影用に専用のCRT表示装置を設け、これに上記診断用CRTと全く同じ内容を同時に表示させている。」(2頁1行ないし11行)と記載されていることが認められる。また、第3引用例(甲第6号証)には、「従来の超音波断層装置は、ボディマーク、プローブマーク、キャリパーマーク等の各種のマークやキャラクタ等についてはメーカーが予め用意した幾種類かのものしか持っていなかった。そして、上記限られたマーク等(例えば6~8種類)の中から被検体の診断部位や探触子の種類に該当するもの又は近似するものをスイッチで切り換えて、ディスプレイの画面に表示していた。」(1頁右下欄7行ないし14行)と記載されていることが認められる。
上記認定の事実によれば、第2引用例、第3引用例記載のものにおいては、超音波診断画像を表示する表示器の画面上に、探触子に関する情報も表示されていることは明らかである。
ところで、第2引用例記載のものについてみると、診断用CRTは医師等が直接探触子を操作して超音波像を観察しながら診断を行うためのものであると認められるが、診断用CRTに使用探触子形名や周波数が表示されていれば、現在使用している探触子の種類を判別することができることは当然である。そして、探触子を選択する選択手段により探触子を他の種類のものに変更すれば、それに応じて探触子の形名等の情報が診断用CRTに変更表示されることになるから、医師等は、この変更された表示を参照して探触子を手に取ることができることになる。この場合、診断用CRTに探触子の形名等を表示することが、複数の探触子の中から所望の探触子を選択するに際して操作上の利便を提供するものであることは明らかである。
したがって、「超音波診断画像を表示する表示器の画面上に、超音波探触子に関する情報等も表示して、診断や操作上の便宜を図ることは、超音波診断装置の分野において、良く知られたごく普通のことにすぎない」(甲第1号証7頁13行ないし18行)とした審決の認定に誤りはない。
そして、上記のとおり、超音波診断画像を表示する表示器の画面上に、探触子に関する情報を表示して操作上の便宜を図ることは、超音波診断装置の分野において普通のことと認められるから、「引用考案における探触子の種別情報の表示を、・・・診断画像を表示する表示器の画面上におこなうことは、当業者がきわめて容易に想到するものと認められる。」(同号証8頁4行ないし9行)とした審決の判断にも誤りはないものというべきである。
<3> 原告は、第2引用例及び第3引用例には、探触子に関する情報と診断画像とを共に同一画面上に表示するための目的が記載されていないことや、第2引用例に「撮影時には断層像とそれに関連する必要な情報表示以外は一時的に消去するように構成しているため、カメラのフィルム面に断層像及び必要な情報を最優先で大きく撮影でき、」(甲第5号証6頁5行ないし8行)と記載されていることから、第2引用例及び第3引用例記載のものにおいて、診断画像と共に、年月日、氏名、年令、性別、使用探触子形名、周波数等やボディマーク、探触子の種類等を表示するのは、診断画像と共にこれらの情報が表示されたレイアウトでその表示状態のまま記憶し、あるいは印刷することによって、後日、診断画像を観察する場合に、これらの情報をも同時に認識できるようにするためであり、画面上に表示した探触子種別、周波数などの表示形態と、探触子に付した種別や周波数等の表示形態との関係について、第2引用例及び第3引用例が何も言及していない事実に鑑みれば、第2引用例及び第3引用例は、探触子種別、周波数等を診断の利便に供するために診断画像の表示画面上に表示することを開示するにとどまり、探触子選択の際の操作性の利便に供する目的をもって探触子情報を診断画面上に表示することを何ら開示するものでないとして、「超音波診断画像を表示する表示器の画面上に、超音波探触子に関する情報等も表示して、診断や操作上の便宜を図ることは、超音波診断装置の分野において、良く知られたごく普通のことにすぎない」とした審決の上記認定のうち、「操作上の便宜を図ることは、超音波診断装置の分野において、良く知られたごく普通のことにすぎない。」とした部分は誤りである旨主張する。
しかし、第2引用例及び第3引用例に探触子に関する情報と診断画像とを共に同一画面上に表示するための目的が特に記載されていないことや、第2引用例に上記のような記載があることから、第2引用例及び第3引用例記載のものにおいて、診断画像と共に使用探触子形名や周波数等を表示することが、単に、診断画像と共にこれらの情報が表示されたレイアウトでその表示状態のまま記憶し、あるいは印刷することによって、後日、診断画像を観察する場合に、これらの情報をも同時に認識できるようにするためだけであると解するのは相当ではない。そして、第2引用例記載のものにおいて、診断用CRTに探触子の形名等を表示することが、複数の探触子の中から所望の探触子を選択するに際して操作上の利便を提供するものと認め得ることは、上記<2>に認定、説示のとおりである。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
また原告は、審決の上記「引用考案における探触子の種別情報の表示を、・・・診断画像を表示する表示器の画面上におこなうことは、当業者がきわめて容易に想到するものと認められる。」との判断は、本願考案が、画面上の探触子情報の表示形態である色彩と探触子それ自体に付した探触子情報の表示形態である色彩とを直接目視比較して直観的に探触子を選択できるようにし、もって選択操作性の利便を図ることを目的とする点を全く考慮せずになされたもので、誤りである旨主張する。
しかし、審決が相違点<1>として抽出した事項は、本願考案では、診断画像と共に探触子の種別情報も表示器の同一画面上に行うのに対して、引用考案ではそのことについて触れられていない、というものであって、画面上の探触子情報の表示形態である色彩と探触子それ自体に付した探触子情報の表示形態である色彩との関係については、相違点<2>として認定、判断されているのであるから、原告の上記主張は、その前提において当を得ないものである。
<4> 以上のとおりであるから、相違点<1>についての審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 第1引用例の「オペレータが選択スイッチ3によって何れかのマルチコネクタ2を選択すると、これに装着されている超音波探触子1が動作し、その種別(周波数)が表示部6に表示される。一方、超音波探触子1には、それぞれの種別が周波数(2.5MHz・3.5MHz・5.0MHz等)の刻印あるいは赤・橙・緑の色コードによって示されている。」(甲第4号証5頁4行ないし11行)との記載によれば、引用考案では、表示部に探触子の種別を表示する周波数を表示し、探触子には、赤・橙・緑の色コードを付しているものと認められる。
<2> ところで、表示器における探触子の種別表示の主眼とするところは、第1引用例に記載されているように、オペレータが、動作中の探触子であることを示す表示部の種別表示と、探触子に付されている種別表示を見て、それらの種別が一致する探触子を手に取るための、目視による種別の一致確認にあるが(このことは、当事者間に争いがない。)、一般に、目視による種別の一致確認のためには、同一の種別のものには共通の表示形態を付与すること、すなわち、表示形態(形状、色彩等)を統一する方が望ましいことは明らかである。
したがって、「望ましい表示形態として、統一した表示形態、すなわち、表示器における探触子の種別表示形態と、探触子に付された種別表示形態とを統一し同一の形態とする発想は、最も自然で、ごく普通の発想にすぎないものと認められる。」(甲第1号証8頁17行ないし9頁2行)とした審決の判断に誤りはない。
そして、探触子に付された種別表示形態としての色彩が視認識別性の高い表示種別表示形態であることは明らかであり、目視による種別の一致確認を容易ならしめるために、統一した色彩を施したものを用いることも慣用手段であるから、「動作中の探触子を、迅速かつ誤りなく手に取れる様にしようと思えば(略)、このような、探触子に付された、視認性の高い色彩による種別表示形態を、探触子種別の統一的表示形態として採用し、そのまま、表示器における探触子の種別表示形態としても使用することに、格別の創意工夫を要したとは認められない。そして、このようにすれば、表示器における探触子の表示種別表示形態は、必然的に、選択された探触子と同一色となるのであるから、この相違点<2>の点も、当業者がきわめて容易になし得ることと認められる。」(甲第1号証9頁5行ないし18行)とした審決の判断に誤りはない。
<3> 原告は、目視による探触子の種別の一致確認を行う場合に、その種別表示形態である周波数を直接示す文字形態を用いることが、第1引用例の記載から従来最も一般的であったというべきであり、種別表示を統一し同一の形態とする際に、それ自体のみでは種別内容の意味が不明で、一概に探触子の種別表示形態として視認識別性が高いとはいえない色彩を採用し、その色彩のみの比較から動作中の探触子を選択することは新たな発想というべきであり、また・審決は、本願考案によれば、複数個の探触子の中から型名や番号等の判別を行うことなく直観的に一つの探触子を識別できるというきわめて簡単な手順(1動作)で動作中の探触子を選択することができ、その際に画像信号にノイズが重畳しないという、引用考案にはない特有の作用効果を看過しているとして、相違点<2>についての審決の判断の誤りを主張する。
しかし、色彩による表示が視認識別性を高めるものであることは明らかである。また、乙第1号証ないし第4号証によれば、色彩表示による種別一致の確認手法は種々の技術分野で普通に採用されていることが認められる。
しかして、上記事実に、引用考案の探触子には赤・橙・緑の色コードにより種別表示がなされていることを併せ考えると、表示器における探触子の種別表示においても色彩を用いること、すなわち、探触子と表示器の表示形態を色彩で統一することは当業者がきわめて容易になし得ることと認められる。
また、「超音波探触子に刻印された型名や番号を判読しなくても色彩の一致度を見分けるだけで直観的に超音波探触子の種類を識別できるようになる。」という本願発明の効果は、色彩を表示手段として用いれば当然年奏する効果にすぎず、格別のものということはできない。なお、第1引用例に従来の技術として記載された引用考案では、探触子に発光器を設けていないから、探触子からの画像信号にノイズが重畳しないという点では、本願考案と相違するところはない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
<4> 以上のとおりであるから、相違点<2>についての審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。
4 よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)